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Tande's Journal

タンデの手記

訳者より

 タンデの手記は、不運な魔道士タンデが彼の恋人トリベシアを、迷い込んだファイレクシアで探しもとめる旅について書かれています。この手記は数少ないファイレクシアに関する資料の1つであり、タンデは第4スフィアまでたどり着きました。第4スフィアといえば、ウルザの攻撃が失敗に終わった世界でもあります。また、手記にはウルザとミシュラの兄弟を思わせる幻影が現れます。

 ではタンデの手記、最後まで読んでいただければ幸いです・・・。

 魔道士タンデ(Tande)は、おそらくは人工意識原理における思慮からよく知られており、この手記に書かれていることは、世に知られている他の彼の書き物よりも、ある面でははるかに実際的であり、またある面では空想的なものです。学者たちの間では、タンデと彼の恋人トリベシア(Trebecia)が本当にファイレクシア(Phyrexia)を訪れたのか、それともまったくの作り話なのか、鮮明な熱にうなされた夢にすぎなかったのかで意見が分かれています。最後に、タンデはこの手記を書き上げてから、原因不明の病気になってほぼ2年間にわたって寝たきりになりました・・・。

― テイジーア

 これを書いたとき、私の手は羽ペンさえ持てるかどうか怪しいところだった。数時間前まで、私は過ぎ去った昼夜の記憶というものは永遠に心に刻み込まれるものだと思い込んでいた。すでに過ぎ去った鋭い、ナイフの刃のような記憶はようやく色褪せ始めたばかりだ。だが私の心は正気を保てるであろうか?それらのイメージを、恐怖のあまり気が狂わずに、心にとどめることのできる人間などいないと私は思っている。私は自分が見たことを今のうちに、記憶がはっきりしているうちに書きとどめなければならない。2日前、私は自分の作業場にはいるやいなや、私と同じアーティファクサーであり、私の愛するトリベシアがファイレクシアのポータルに吸い込まれてゆくのを見たのだ。ファイレクシア。それは恐るべきプレーン。それは昔から知られており、他のアーティファクサーと議論を重ね続けてきたプレーンだ。どうやって、そしてなぜポータルが開いたのか私にはわからなかったが、私はポータルが閉じる前にどうにか身を投げ込んだのだ。

 こうして私は地獄へと踏み込んだんだ・・・。

 その道中はまったく覚えておらぬ、私は意識を失っていたに違いない。私は奇妙な銀白色のツルの床に横たわっているのに気が付いた。私が幾重にも重なった羊毛の着物をまとっていなかったとしたら、その金属質の鋭い葉っぱで皮膚を切っていたに違いあるまい。皮膚は切らなかったが、私はその奇妙な植物から身を起こすさいにズタズタになった上着を諦めねばならなかった。

 私は自分がどこにいるのかを確かめようとあたりを見回した。だが、一体全体どんな正気の男が、どうやって狂気の世界で自分の居場所を知ることができるというのだ?ススまじりの空は低く、そして広く立ち込め、塵にまみれた地は、植物というよりは機械である脂ぎった木々の茂みでまだらになっていた。小川が近くをくねくねと流れていた。私とそのゆっくりと流れる川から離れて、この平地は静かに、息苦しく、動きがなかった。どこにでもある汚れたもやは空気にさえもべた付いており、汚ら私い悪臭は口の中で残りカスとなっていた。

 私は顔に水をかけようと、ひざを曲げて屈みこんだ。だが、私は即座に考えを改めねばならなくなった。川の水は、固まったススがこびり付いたゴツゴツした川岸を流れる、てかてかした油だったのだ。べたつく上塗りを袖でこすると、毛穴の底まで汚れるだけであり、空気に混ざった砂が自分の手と指を冒してゆくように感じたのだ。

 川から離れたところでふと地面を見ると、ピカピカ光るねばねばした土に、千鳥足で平地を横切っている人間の足跡があることに気づいた。トリベシアがこの世界を1人でさまよっているかと思うと、私は自分の不安などすぐに忘れてしまった。

 私は汚れた大地の歯車とギアの山、やっかいなアーティファクトの錆付いた残骸の間を小走りに横切った。数匹のトカゲのような生物が、離れたところをうろうろしており、それらの巨体は油でてかてかしており、それらの動きは重苦しい周囲の静けさの中で、流れるようになめらかであった。私には、それらは有機的でも無機的でもあるように思えた。まるで造られるのではなく成長する機械であるかのように思えた。納骨堂の前を通り過ぎるように、私は3・4体の巨体の前を通り過ぎた。

 時折、金属質の植物の茂みから、獰猛な赤い目が私をにらみつけたかのように感じたが、その暗黒の大地で私が出会った生物は、ドラゴン・エンジンだけであった。もちろん、私はいくつもミシュラ(Mishra)が作ったドラゴン・エンジンを見てきたさ。だが、それらのぎこちないクリーチャーのどれも、私の前にあるなめらかな物体には比べ物にならなかった。肉と血から出来ているどんなドラゴンと同じほどにしなやかで機敏、だがそれらはまぎれもなく機械なのだ。恐ろしいまでの美しさを体現したものがそこにある。

 進んでいくと、平地のど真ん中にぽっかりと空いたトンネルにたどり着いた。トリベシアの足音が聞こえないかと耳を澄ましてみたが、トリベシアのそれより小さな、鉤爪のある足音がこだましていた。トンネルから吹きつける臭く熱い風は、そいつらの入り口に近い足跡もおぼろげにしていたが、それらが意味するところは、あること以外に考えられなかった。少なくとも数十の化け物どもがトリベシアを取り囲んでいるのだ。トンネルの入り口へ続く彼女の足跡は、化け物どもの足跡によって消されてしまったのだ。

 私は聞いたことがある限りのあらゆる神に祈りながら、暗黒の真っ只中へ入っていった。そのトンネルは下に向かってうねっており、私はそこを何時間も降りていったような感じだった。私の眼はたまった疲労が体の中を駆け抜けるなかで絶えず泣きはらし、皮膚はむずむずしたかと思えばちりちりした。汗と涙のせいで視界はかろうじて保てる程度にすぎなかったが、ファイレクシアのある一面である硫黄に、私の肺は焦がされていることに気づいた。そのせいで眼もやられていたのだ。それはまるで、トンネルがこの地獄のプレーンを突き抜け、第1層の中にある第2層を曝け出そうとしているように思われた。私が今、目にしている世界は、第1層のおぞましい大地とはまるで異なっていた。ここでは大気はさらに熱く焼け爛れており、私の爛れた肺の重みがぐっと伝わってくるまでだった。瞬く間に、私は汚れた毒々しい眺めの残りとの区別がつかなくなった。

 もちろん、そこには本当の空なんてなかった。代わりにねじれた梁と金属構造が、私の頭上高くに漆黒の天井を形作っていた。赤い光が毒々しく、錆付きくぼんだ金属の間を染みのように広がっており、その光はよじれた影を、何とか拷問場の光景を演じようとして投げかけていた。光それ自体は、煙を絶えず吐き出す途方もない煙突から発されており、その煙突は天球をも貫かんとしてそびえていた。炎とススはそれらの煙突の上からほとばしり、いくつかの壊れた個所からは炎が五指の如くして割れ目を引っ掻き回していた。それはまるで恐ろしい炎魔が鋼の牢獄から逃れようとしているかのようだった。

 私は自分を取り巻く恐怖を考えないのが最良の策だったのだが、私は新しい小さな足跡を追っていった。それらの足跡のおかげで、散らばった、おびただしい壊れた機械の山であふれた灰だらけの荒野をたどっていくのは造作もないことだった。表土より軽いとはいえ、絶えず吹き付ける悪風がかき乱さなかったとしても、この灰は連れの通り道にしては踏み固められすぎていた。

 どうにかして、私は化け物どもに会うことなくこの場所を横切ることができた。泣き声と軋る音が私のそばで何度かこだましたが、獣自体がススと灰の雲との区別がつくまで近づいてくることはなかった。

 足跡はもう一度私をトンネルに引き込み、そしてもう一度私を足跡に従わせた。トンネルのフロアはすぐに荒々しくなり、終わりに差し掛かっているようだ。パイプとチューブも床から顔をのぞかせ、しばしば私をつまずかせて転ばせた。まもなく、私は動物のように這って進んだ。

 この旅の終わりに、私は固まった油でよごれた、遠い昔の金属のパイプと梁の途方もなく巨大なラビリンスを直に見た。私の下に広がる、まごつかせるまでの迷路の繋がりの広大さをじっと見ながら、最初私はトリベシアと彼女を連れさらった者たちの後を追うのを諦めたものだ。だがそのあと私は、2本のパイプの連結部に押し込まれたパールブルーの着物の小さな一片に目を奪われた。さらに遠くに目をやると、着物の別の切れ端が目に入った。トリベシアは生きていた!この地獄の迷路のなかでも私が彼女を発見できるようにと、道しるべを残したのだ。

 決意新たに、私は奥へ押し進んだ。トリベシアという助けがあったとしても、旅はひどいものだった。私が立って歩こうとしても、いや背中を丸めてさえ、少ししか伸ばせないのだ。しかし、それらのまれなとぎれは単にこの逗留の悲惨さを強調しているに過ぎなかった。人が通るのには大変な部屋に残された、道しるべとなっているパイプの連結部を、私は辿るはめにもしばしばなった。時たま、私は自分の胸しか膨らますことが出来なくなり、熱く臭い空気さえ吸い込むのを難しくした。壊れたパイプの区切れ目の中で、私は動くこともままならずに時を過ごし、疲れきって耳で自分の心音が響いているなか、周りに広がる目の前の暗闇をじっと見つめていた。私が油で汚れていなかったとしたら、私はそこに留まり続けただろう ― だが結局、私はお構いなしに足を引きずっていった。そう、まるで蛇がその皮を捨て去るように。

 私は長い時間生き延びられるようにする呪文を幾度か唱えたことがあるのはわかっておったが、その呪文はもはや思い出せなかった。鎖からつるされたチューブに押し込まれた死体。巨大なパイプ一面に広がった子供ほどの大きさの物体。相手の喉を掴みあって永遠にもがき苦しむ2人の男 ― 1人はブロンドでもう1人は黒髪だ。私を掴もうと暗闇から伸びた1本の骸骨の手・・・などの心影で私の思考はうようよしていた。

 私はもうこれ以上は書けない。私が体験したこと ― 最後に他のトンネルにたどり着いたこと ― を伝えるにはもう十分だ。最後、私はより深いところにたどり着いた。

 まぎれもなく、ファイレクシアにはさらに腐れたスフィアがあるのだが、ついに私はトリベシアを第4球体で見つけた。それは私に、子供の頃に隠れた大邸宅が焼け落ちるさまを思い出させた。どこもかしこもが虚ろ、絶え間なく油の霧雨が降りしきる中に腐敗した構造物がぬっと現れた。空に浮かぶ星々の代わりに、そこには歯車と車輪、ギアと機械仕掛けの物体が死兆の戦利品の如く、頭上の錆びた配管からぶら下がっていた。気紛れな閃光が地上に点在する溶鉱炉から放射されていた。気紛れな閃光が地上に点在する溶鉱炉から放射されていた。それらの陰気な明かりは、この恐怖の世界のまったくの暗黒さを強調するためだけに努めていた。

 そして騒音だ!その光景は私に子供時代の廃墟を思い出させ、その音は不断の耳障りな、熱夢の中で怯える子供が聞く騒音であった。私の周りでは、すべてがブンブン回りバリバリと音を空しく立てていた。不断のきしみとうめきが絶え間ない苦悶の不協和音を生み出していた。

 もし、私がこのプレーンに入ってから、恋人の泣き声を一時とて聞くことがなければ、私は気が狂っていただろうと思った。しかしトリベシアの声は私の心の回りに網を紡ぎ上げ、私はそのか細い糸に、どんなおぼれた男が救助の綱を掴むよりも死に物狂いに掴まっていた。

 私がトリベシアを見つけたとき、彼女は1ダース以上の、かすかに光る赤い眼と炭で覆 われた歯をもつ炭色の化け物に取り囲まれていた。それらファイレクシアのグレムリン(Phyrexian gremlins)たちは絶えず何か喚いており、時たま他の奴の周りをまわってお互いに噛み付いたり引っかいたりしていた。その凶暴なクリーチャーの数匹はトリベシアにへばり付いていたが、奴らの本当の注目は、奴らの中央にある高いねじれた存在に向けられているようだった。それは動かなかったが、私にはそれが動かないままでいるとはとても思えなかった。グレムリンたちはその足元でぺちゃくちゃしゃべる大群であり、乱雑で狂的な懇願をしてひざまずき、先を争っていた。

 その化け物たちの終わること無きおしゃべりを、耳障りなヒューという音を立てる頭上高くそびえる機械から引き剥がすことはできなく、そのような混沌とした動きを見ながら、私は気持ち悪くなり気を失い始めた。私はよろよろして、グレムリンどもと奴らのトーテムの間の不運な真鍮人間(Brass Man)の動かない一部の残骸機構を垣間見た。その真鍮人間はまだ意識があるようだったが、そのもがきは、私がこの恐ろしい光景に出く私た際のように、徐々に弱くなっていった。このしるしの捧げ物は、相当な価値をもった・・・私よりもはるかに価値の高い・・・奴らの支配者とまもなく取り替えられるのだと、恐ろしいまでに確信した。

 私が近づくと、グレムリンたちは申し合わせたように発見の叫び声を上げた。一番後ろにいた一団が私の存在に気づいたのだ。奴らが儀式から離れると、私は奴らがその下で跳ね回っていたヨーグモスの悪魔の像をはっきりと見てとることができた。その眼はまるでにやにや笑いを私に向けたようだが、私はそれが常にその方向を見ていたのか、それともその恐ろしい頭が本当に私を迎えるために回転したのか判断できなかった。その眼をみつめると、私はある恐ろしい考えに襲われた。いつの日か、ファイレクシアはその闇のひな型を、その軛を全プレーンにもたらさんがために立ち上がるのではないかと。

 トリベシアと私がどうやって死んだ真鍮人間の横へとグレムリンの間に進路を切り開いたのかを私は本当に覚えていない。隙間を開くための彼女の苦闘の光景を私が認めなかったとしても、おそらく私は同じことをしなかっただろう。出会って生き延びていなかった不運なグレムリン(もしかしたら崇拝の大暴れの時に死ななかったもの ― 私は未だにはっきりしないが)を引っつかみながら、その恐ろしい儀式の中にあった肉と真鍮の人間の体を飛び越した。私たちの前にポータルが口を開けていた。

 そして、私たちは家にいた。

 この物語の最後の一編が、最初の感覚より貧相なものなのはわかっているが、私の貧弱な心の追憶ではこれしか語ることはできない。今でさえ、癒し手が私のところへやってくる。命を取りとめられますよ、と彼らは言うのだが、彼らは私たちのことしか気にかけていないといえる。彼らは私たちを気が狂っているとさえ思っている。もしかしたら、私たちはそうなのかもしれん。だがファイレクシアが狂気だとしたら、狂気は私たちの中にも存在するのではないか。

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